交通警備員は甘くない!もう仕事辞めたいよ~。

私は以前、警備会社(S商事・主に交通警備員)に勤めていたことがあります。
まずその会社に入社して、早速この仕事辞めたいなと思ったのが、交通費支給無しです。

私は面接の時、全くそんなこと気にしてなくて、ただ働ければいいやと思っていたのです。
しかも会社から、交通警備員の現場までの交通費ですら出ないのです(冷汗)。

対応策といえば自家用車では無く、なるべく会社の車(4台程)が開いている時にそっちを優先的に使う事です。
何故ならガソリン代は会社の車だけに出してくれるからです。

更にこの仕事を辞めたいなと思ったのが、やたら遠い現場に廻され、しかも残業の時です。
私が住んでいる処は田舎なので、交通警備員の現場が遠くても道に迷う事はありません。
なので、最初はあまり気にせず頑張ってみようと、その現場に通ってみたのですが、やはりとても遠いのです。

朝4時起きで40分後位に家を出て、交通警備員の現場に着くのが6時50分頃で、仕事は7時半~残業込みで夜21時まででした。
つまり家路に着くのが夜11時過ぎで、風呂にも入らず飯だけ食って、直ぐ寝るを繰り返す訳です。

私は仕事中、会社に電話して専務にお願いしましたが、ダメの一点張りでした。
それと残業で缶コーヒーと菓子パン1つ出ましたが、雀の涙ほどの慰めにしかなりませんでした。
何とか2週間程粘って、その現場は勤め終えましたが、疲れが溜まっていたのか、自宅のトイレでゲロを吐いてしまいました(冷汗)。

他には、真冬の季節の雪が降り注ぐ日の交通警備員の仕事です。
とにかく鼻水が一日中止まらなくて、午前中鼻紙10枚、午後も10枚を必ずポケットに忍ばせていました。
雪が降り注ぐ日は、交通量も減り一般車両もそれ程通ったりしないので、鼻をかむことは出来るのですが、冷たい風を凌ぐことが出来ないのです。

寒い上に風が強く吹くとこんなにも厳しいモノなのかと、うんざりして流石に本当にもう辞めたいと思いました。
ですが、帰った後のお酒一杯と熱い鍋が、私の心を潤す対応策とでも言いましょうか、そのせいでまた中々辞められないのです。

真夏の暑い日も、炎天下(氷のペットボトル5本以上は準備しましょう)の中吐き気をしながら、一日中、交通警備員の仕事をやり顔を真っ黒にして帰宅した後のビール!
と結局中々辞められない訳ですが、そんな私にもとうとう会社を辞めたいと思って決心しました。
それは仕事がある時と無い時がある不規則な点です。

いきなり仕事が入るとかではなく、せめてシフト性で予定を組めることが出来る会社にしようと、トータル3年程勤務して辞めました。
今ではその頃程のストレスを感じなく別の職場で励んでいます。

仕事辞めたい

介護の仕事辞めたい?すぐ次が見つかります!

私は23歳の頃から介護の仕事に就いている。
もう2年弱になる。
小規模な施設で2年ほど勤務したのち、給料の低さと待遇のアップのため、今の施設に転職した。

もともと介護士の仕事には興味はあった。
一時期テレビでやっていた介護士を主人公としたドラマの影響である。
世の中の家族では面倒を見切れないお年寄りや、追い詰められてしまったその家族を救いたい。
そんな気持ちで契約社員として入職したのが始まりだった。

介護の仕事自体は嫌いじゃない。
おむつ交換などのいわゆる「下のお世話」なんてものは一日で慣れる。
力仕事というが、ちゃんとした体の使い方を覚えれば、そうそう腰を痛めるものではない。
夜勤の介護は少し辛いが、一人で仕事をやる分、気持ちは楽だ。
そう思っていたのは、初めの施設でだけだった。

今の職場では、見守りをしなければならない人数は倍近くに増え、そのほとんどが重度の要介護状態の人である。
介護の仕事は嫌いじゃない。
不得意でもない。
だが、なぜだろう。
ある日突然、朝起きたら体が動かなくなってしまった。

職場に連絡し、休みをもらって病院に行った。
「適応障害」という心因性の症状が出ていた。
医師には一ヶ月ほど休養したほうがいい、と言われた。
その時、私は「もう介護の仕事を辞めたい」と思っている自分に気がついた。

仕事が嫌いじゃなくても、不得意じゃなくても、続けるのが難しい。
もう、この仕事を辞めたい。
そんな状況にあるのが今の介護の現場だ。

今は家で休みながら、次の仕事をどうするか考えている。
介護は嫌いじゃない。
でも、もう疲れてしまったのだ。

仕事を辞めても、すぐ次が見つかる業界

自分は、同じ介護の法人で長く勤めていました。
その法人では、介護職員や生活相談員や、管理者などを一通り経験しました。
最初は、法人の規模も小さく経営の中枢に親族などもおりませんでした。

ですからある程度自由に、仕事ができていました。
結果としては、それが会社の介護事業規模拡大にもつながっていました。
順調に会社の規模は拡大しました。

規模が大きくなりますと、どこでも同じように、親族が増えてきます。
これまで、身を粉にして、会社のために捧げてきました。
ですが、親族は、そんな苦労はわかりません。
来た時は、すでに会社が大きくなっていたわけですから。

だんだんと、親族との衝突しそうになる回数が増えていきます。
衝突しそうになるたびに、回避行動をとってしまう自分が嫌になります。
ですが、会社のためにと思い我慢します。

ですがある日、決定的に親族と対立してしまいます。
会議中に回避行動を取らなかったのです。
完全に衝突してしまい、会社の代表になだめられ自分が折れることに。
本当に仕事を辞めたいと思いました。

それから、親族による嫌がらせが始まりました。
無理難題を押し付け、それが終わらないといつまでも残業。
会議にも出席させてもらえません。
もはや自分に居場所はありませんでした。

自分には、我慢するしか方法ありません。
ある日、糸が切れたように辞表を提出していました。
仕事が辞めたいと思ったら、後先考えず、辞めてしまうことも大事かもしれません。
介護業界は人手が足りませんから、すぐ次が見つかりますので。

仕事辞めたい

仕事場の環境が最悪な飲食店を辞めたいけど辞められなかった体験談。

過去に飲食店にて2年ほど働いていました。
仕事場の環境は最悪で、週に1日休みがあれば良い方、1日の労働時間は10時間当たり前。
上司が従業員を罵倒しまくるような環境で、すぐに辞めて行く人ばかりで、飲食店は常に人手が足りない状況でした。

私がなぜこのような環境に耐えられたかと言いますと、それは人間関係です。
従業員を罵倒する上司もいましたが、このような最悪な環境でも一緒に支え合える仲間がいたので、なんとか飲食店で2年間も働き続けることができました。
同時期に仕事を始め、様々な人が辞めて行くなか、数人はずっと働き続けていてので、私も皆と頑張ろうという気持ちになれました。

しかし2年間のうちに様々な人とともにし、飲食店の上司も数人変わりましたが、なかなか仕事場の環境が変わることがなかったため、私は最終的に辞める道を選びました。
しかし実は1年を過ぎた頃に一度辞めたいと思った事がありました。
一度辞めたのですが、辞めて数日後に当時の上司に辞めないでとせがまれ、そこまで言うならと仕事場に復帰したのです。

今思えばあの時復帰せずにさっさと違う仕事についていれば良かったと思います。
できることなら、あの時の職場を訴えたいと思うほど最悪な職場でした。
会社が潰れなかったことが奇跡だと思います。

仕事辞めたい

非正規なのに正社員の仕事をさせられて嫌になる!

教育関係の施設で専門スキルが必要な事務作業をしています。
業務の内容自体はとても好きで、この仕事をして10年目になります。
立場は常勤の非正規職員。
職場の中ではちょっと特殊な立ち位置で、他の職員さんとは違う業務をしています。
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仕事辞めたい

編集の仕事は激務。残業で体調を崩して辞めました。

27歳のころの話です。
私は学生のころから雑誌が大好きでいつかは雑誌の編集の仕事をしてみたいと思っていました。
しかし工学部出身なのでなかなかチャンスはなく機械のメンテナンスなど技術的な仕事をしていました。

結婚を機に退職し、新しい仕事を・・・と探し始めたときに雑誌の編集の仕事の求人を見つけました。
家から1時間以内で通うことができる場所だったので経験者歓迎と書いてあったのですが思い切って応募しました。
面接を受け、未経験でもフォトショップやイラストレーターを使うことができたためか見事採用されました。

仕事を始めると、大好きな雑誌がこうやってできていくのかと勉強になりとても刺激的でした。
最初は広告の製作ばかりでしたが、だんだんと記事や特集も担当させてもらえるようになりました。
取材に行ったり、ロケーション撮影で帰りが遅くなることも増えました。

いつも残業はありましたが、締め切りの前は終電まで働くのが普通でした。
外食する時間がないので食事はカップラーメンが多くなり、肌が荒れました。
1年ほどこの状態が続き、睡眠時間も足りなく体調を崩すことが多くなりました。

だんだんと鬱っぽくなってしまい、9階にある事務所の窓から飛び降りる想像をするようになったときにはマズイと思いました。
夫に相談すると体調を崩すから辞めたほうがいいと言われました。
新婚なのに私が忙しすぎることもよく思っていなかったようでした。

結局1年半で憧れだった編集の仕事を辞めてしまいました。
仕事は楽しかったのですが、忙しすぎて私にはムリでした。
職場の近くに住むか、暇な会社を選べば続いたかもしれません。

仕事辞めたい